ぼくのエリ 200才の少女

Let the Right One In

★★★★★
2008年/115分 #トーマスアルフレッドソン

主題はオスカーとエリの呟き「孤独が嫌い」。オスカーは両親の離婚、エリは自らの出自に悩む。二人は性別や人種を超越して魂で繋がっていく。見所は水中に切断された首や手が落下してくる場面。オスカーがヨンニとインミからプールで虐待を受け溺死寸前、エリによる報復と救済は神々しい。原作はヨンアイヴィデリンドクヴィスト「モールス」。 新派の話。原題は「正しきものを受け入れよ」。2004年に発表した小説を原作者自らが脚色した意欲作。公開後の影響は大きく2010年にマットリーヴス監督「モールス」にてハリウッドでリメイクも実現された。本作は映画ジャンルの可能性を広げ新たな視点を生み出した画期的作品で性別や年齢は勿論、宗教や自我を含む個々の利害をも超越する。また映倫機構に警鐘を促す問題作。

彩度の話。一面が雪に覆われた風景に全く色彩は無く荒廃した世界が二人の舞台となる。クレジットは白、題名は赤で表記され終幕の背景も黒から赤へと変化する。白黒色の世界に飛び込んで来る異質な赤色は血の象徴であり人間社会に割り込んでくるエリという存在そのものを暗喩する。

生死の話。ホーカンの着衣、エリの勝負服、オスカーの人形、タクシーのテールランプ、窓に揺れるカーテン、街角の花蕾等、生命を感じさせるものだけが鮮やかな色味を帯びている。オスカーは真白肌でプラチナブロンドの髪を持つ妖精の様な少年、エリは身形に気を遣わない烏の濡羽色の髪を持つヴァンパイア。この対比が現世の無常感を加速させ主題を牽引していく。

葛藤の話。12歳は思春期の入口、自我が目覚める直前の不安定な時代。大人には成りきれないが子供である事も否定する年頃。オスカーは血塗れになったエリにママの着衣を用意し偶然にもエリの着替えを覗き見する。エリの股間には虚勢した跡が残されておりオスカーは息を呑む。基督教特有の思想や宗教感への葛藤が露となる。

疑問の話。初訪問時は住人に招かれてのみ建物への侵入が可能となる掟がヴァンパイアには存在する。オスカーは招待せずにエリを入室させ全身から溢れ出す血を見て驚愕、血塗れになったエリを抱き締め優しく言葉を掛ける「招待するよ」。エリの表情が瞬間的に老人に変貌する。基督教特有の運命や先入観への疑問が露となる。

原本の話。エリは黒髪で細身の長身、農家の少年でエライアスが本名。ある日、エリの住む村で同年齢の子供が領主に呼ばれ、目の前で賽子が振られ、出た目の子だけが招待を受ける。そこでエリが選ばれた。領主達はエリの性器を切断して食し、その後に血液を飲み続けた。この時、エリはヴァンパイアに生まれ変わる。

生贄の話。エリの同居人はホーカン。彼はオスカーとの関係を気にしてエリに嫉妬に近い感情を投げ掛ける。彼は元先生でペドフィリアが世間の噂になり辞職を余儀なくされた。放浪の末にエリの餌食となり偏執的な愛好を始めた。血の調達が一緒にいる条件で性的関係は無く褒美として愛撫だけを許されている。二人の間には性欲と食欲を交換する共生関係が成立しているだけ。彼はエリの為に自らで望んで生贄となる。

解明の話。母がオスカーに激怒する理由は街で殺人事件が多発する中、離婚した父の家から一人で帰宅した為。またプール場面で1人だけ助かる少年はミッケ、オスカーを虐待する意地悪な兄弟に対して恐怖と嫌悪を感じているが何も出来ない彼のジム仲間の一人。エリは一人では建物内に入れない為、彼に頼んで招き入れて貰いオスカーの復讐を成し遂げる。

同類の話。二人の関係は好意に止まらず生き抜く為に不可欠な唯一無二の存在に成長する。ジャングルジムで重ねた会話やルービックキューブを一緒に遊んだ思い出が互いの孤独を解消させ二人の心を通わせる。エリが欲求を抑えられずオスカーの血を舐め己を晒した時、オスカーはエリを憧憬から対等の存在に変え、エリはオスカーに正面から向き合っていく。自分の為に他者を利用し、相手の為に自分が存在する相反する事象が共存を始める。原作でオスカーが語る「生きたくて、殺したくなる。ほらね同じだ」。

放浪の話。ホーカンが二人に向ける窓越しの視線は想像以上に悲しく切ないもの。映画での彼は塩酸を被り自己犠牲を選択して人生を終えるが、原作ではエリに対する衝動を暴走化させない為に理性を捨てた怪物に変貌している。彼の性衝動は発散の行き場を失い、その魂は放浪を始める。愛の無い人生が如何に残酷なものかを物語る。

不安の話。無音の水中に飛び込んで来る鈍い音が首や手と共に飛び込んでくる。緩やかに沈みゆく物体は二人の愛情や怒りの深度を比喩する衝撃場面。街に居場所を無くしたエリの為にオスカーは日光からその身を守り旅に出る。覚えたてのモールス信号を交わし二人は孤独から解放される。純真無垢なままに終幕を迎えるが、一抹の不安を抱えつつの終焉となる。

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